2014年9月13日土曜日

シベリア

夜遅く、仕事を終え、寮に帰る二郎は駄菓子屋に立ち寄る


買ったのがシベリアという羊羹をカステラでサンドイッチした当時のお菓子
酒を飲まない二郎は甘党だったのだろうか



店の外で親の帰りを待つ子どもたちの話を店主から聞かされた二郎は


いま買ったシベリアを子どもたちに食べるよう差し出すが・・・
知らないおじさんからのおくりものは、敬遠されてしまう



帰りの遅い親を子供たちだけで待つ姿が昭和初期あちこちで見られたのだろう




二郎の帰りを待っていたかのように部屋に入ってきた本庄は
シベリアを見て、おまえ妙なもの食うなあと言いながらもほおばる



二郎がさきほどの子供たちの話をすると本庄は今度、ユンカースに支払う
ライセンス料だけで、貧しい子どもたちを全員救ってあげられるのに・・・
と、矛盾をときながらシベリアをたいらげる。実は本庄もドイツ行きが決まっていた。


2014年9月12日金曜日

主翼取り付け金具はすでにできていた

主翼取り付け金具の設計を任された二郎であったが、工場に行くとすでに機体に金具は取り付けられていた。



取り付けられたフィッティングを覗き込み、設計について議論する二郎と本庄。
一番重要な部品を新入りにやらせるはずはなく、新人の腕をみるための黒川から与えられた試練だったのだ。
これじゃあ駄目だよ、ボクの設計と一緒だもの・・・という二郎の感想に本庄も追い討ちをかける。



ハヤブサ型といってもその後にゼロ戦と並んで有名になる中島のキ43一式戦闘機の隼とはまったくの別物である。
セミカンチレバーのパラソル翼をもつこの機体は、軍の審査官の目の前でパワーダイブの際に中分解事故を起こしてしまう。




この失敗で、三菱は戦闘機設計から手をひいて、ユンカースの爆撃機のライセンスを購入することになり、技術習得のため二郎はドイツに派遣されることになった。




ハヤブサ型は失敗には終わったが、それは二郎にとって海外の航空レベルを勉強するチャンスを得る出来事でもあった。失敗の原因は空力弾性についての十分な理解がなかったことと思われ、風立ちぬにはないが、その後、ゼロ戦でもフラッターによる墜落事故を経験することになる。





当時コンピュータはなかった


三菱に就任早々、上司黒川から隼型の主翼取り付け金具の設計を任され、自己紹介もそこそこに輸入品の製図机に向かうの二郎の姿





航空機の設計には膨大な計算が必要であったが、まだコンピュータはないので、使われたのはこの計算尺だ。
当時の設計者には計算尺の達人が多かった。




本庄もニヒルに計算尺と向かい合っている。
この後、計算尺と並んでタイガーの手回し計算機というのが使われはじめ、戦後のYSの設計のころまで使われていたらしい。YSのころはコンピュータは設計室ではなく電算室で使うものだったのだ。

後進国というレッテルの中で・・・

子供のころからの夢をかなえるため二郎は、本庄と同じ三菱内燃機製造株式会社に入社する




なんとそこで見たものは完成した機体を試験する各務ヶ原まで運ぶために飼われていた牛の姿だった。
本庄は、なんという後進性かと現実を嘆くが・・・




当の二郎は、意外にも牛好きだった。一人で思索するタイプの堀越には、動物を眺めて落ち着く性向はあったのではないかと勝手ながら拝察する。
佐藤栄作首相も考え事をするときには、水槽の魚を眺めていたというからちょっとA型っぽい気質が感じられる二郎だ。牛を見ながら考えを整理することが実際にあったかも知れない。
二郎の血液型は知らないが、ゼロ戦の堀越はA型で、飛燕の土井武夫はO型かB型ではないかという気がしている。

食事をする堀越二郎と本庄季郎

学生時代の堀越二郎 向かいに居るのは後に中攻や一式陸攻の設計で知られることになる本庄季郎。いつも日本の後進性を気にしている。



この二人は同期で親友として描かれているが、実際には二人とも東大の航空ではあるものの本庄が堀越の一年先輩にあたる
したがって、風立ちぬの中ではため口をきいているが、このようなことは実際にはなかったと思われる。本庄を相手に語ることで堀越の考えを明確に示すための細工なのだろう。


毎日、さばばかり食べている堀越に本庄はあきれるが、堀越は、動じることなくさばの骨を見て美しいと自分の世界だ。


そして、さばの骨の曲線が翼断面に似ていることを見つけ出す。
この話は実は骨ではなく、魚の体の断面が流線型で層流翼型とほぼ座標が一致したという実話から来ているものと思われる。


方眼紙に、さばの骨を写し取り座標から数値化する堀越はNACAの翼断面にさばの骨と同じ曲線があることを見出す。描いた曲線はアークに近い気がするNACAよりもRACにそうした翼型があったように思ったが・・・


そしてここでも堀越は、アメリカ人もさばを食うのかなあ・・・とちょっととぼけた発言をするのである。
優等生ではあるが、宮崎の描く堀越からは天然ボケのような馬鹿正直さも感じられる。





2014年9月10日水曜日

イタリアの巨人機


西洋のかほり

二郎はある日、学校の先生から西洋の航空雑誌を借ります


飛行機というものが、海の向こうでは飛んでいるようだ。いったいどんな飛行機なのだろう二郎は心の高鳴りを隠せません


その雑誌にはこの人。カプロニ伯爵が載っていました。
二郎の妹は雑誌のカプロニおじさんを見るなり、へんなお髭というのですが、同感。
率直な印象です。この人本当に飛行機の設計者だったのでしょうか?



その後も、二郎の夢の中で「日本の少年よ、まだ風は吹いているかい?」と呼びかけながら何度も登場します。
僕は、このイタリア人を飛行機設計者の堀越二郎が崇拝していたとは、とても思えませんがとにかくよく出てきます。